まるで、昔から親が子どもに説教するようなことだが、「礼儀正しい」ということが、どれほど大切なことか。
大切なことと言ってピンとこなければ、礼儀正しいと「とくをするよ」と言ってやってもいい。
ただ、「礼儀正しい」というのは、ふつうよりもだいぶんゆるいかもしれない。
ネクタイをちゃんとしているとか、
シャツにしわがないとか、お辞儀の角度がいいとか、丁寧語がしっかり使えるとか、そういうことではない。
相手に対して、敬意を持っていることが伝わる態度、と、それくらいのことでいいのだと思う。
ただ、それは、慇懃無礼とはちがうので、こころのなかに「敬意」がない場合は、どれだけていねいにされても嫌みにしかならない。
そんなことを言ってると、
「ゆるい」のか「きびしい」のか、どっちなんだと、言いたくなっちゃうかも。
昨日も、ちょっと前から約束していた人に初めてお会いしたのだけれど、
「会ってていねいにお断りしよう」と思っていたことを、引き受けることに決めてしまった。
話の内容の本気さとか、描いてるビジョンとか、そういう根本的なところがとても大事なのだけれど。
そこに至る入口が「礼儀正しさ」だったなぁと思った。くり返すけれど、慇懃無礼とはまったくちがう。
相手に対する「敬意」とか「謙虚さ」って、なくてはいけないと、先輩方がよく言っていたけれど、
この要素がないと礼儀正しく思えないんだなぁ、と、つくづく思うようになった。
世で言う「偉い」とされている人でも、「無礼」なふるまいの人はいくらでもいる。それは、たぶん周囲の人びとに対しての「敬意」と、じぶん自身を見積もる「謙虚さ」が欠けているのだろう。 ま、こんなことを言ってると、おまえはどうなんだと、当然、問われることになるのだけれど‥‥どうだろう?
生意気もまだ残ってるし、74点くらいの感じかなぁ。
無礼な善人と、礼儀正しい悪人、どっちが好きだと思う?